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遠くへ行く理由 3・前編 言葉だけでは伝わらない
遠くへ行く理由 3・前編 言葉だけでは伝わらない
宗教のことは、正直よくわからない。
でも、密教の哲学には、自分の生き方にしっくりくるところがある。たとえば「利他行」。人の幸せのために動く、という考え方だ。
そう書くと、なんだか立派な人みたいだけれど、そんなことはない。自分で言うのも何だが、いろいろな技術を覚えてきた器用貧乏だと思う。ひとつのことを極めている人を見れば、自分より上手な人はいくらでもいる。
それでも、自分が知っていることで誰かの役に立てるなら、聞かれたことはつい教えてしまう。お金になるかどうかより、相手が「できた」と喜んでいるほうが、自分も気持ちがいい。
美容師の仕事には、そんな場面がある。
技術を教えるとき、言葉で説明できることはたくさんある。でも、手の角度や力の抜き方、目の前の髪をどう見るかは、説明を聞いただけではなかなか伝わらない。実際にやってみて、うまくいかなくて、また手を動かす。その中で初めてわかることがある。
空海は、密教の大事な部分を言葉や文字だけで表すのは難しいと考えたという。教えを頭で知るだけではなく、見たり、声に出したり、身体を使ったりする。詳しいことはまだわからないけれど、その感覚には頷ける。
誰かに知識を渡すことはできる。でも、その人が自分で感じるところまでは、代わりにやってあげられない。
だから、教えたあとには少し待つ。その人が自分の手でつかむ瞬間を、楽しみにしている。
……そんなことを考えていたら、阿闍梨餅が食べたくなった。